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【某オートバイ乗りの呟き】vol.4 かつて輝いたバイクメーカー
- おすすめコラム
- 2018.08.31
弊社編集部の熟年ライダー(T.N)が勝手に語るオートバイコラムvol.4です。今回の呟きは、日本のバイクメーカーの歴史を語る上で欠かせないTOHATSU(トーハツ)社についてです。現在同社では二輪事業は行っていませんが、船外機などのマリン事業と防災事業において大きくシェアを伸ばしている企業です。今回は真面目な呟き?となっています。
「TOHATSU」エンブレム(今はステッカーですが)の付いたエンジンを、皆さんは見たことが有りますか。
釣り好きであれば知っていることでしょう。
春先のツーリングで水郷地区を訪れた際に、このエンジンがついた船を目にしました。船ですから、エンジンというよりも「船外機」と書いた方がより正確ですね。4サイクルの水冷エンジンでしたが、ラジエターもクーラントタンクも付属せず、スクリュー部のポンプで水中の水を吸い上げ、ウォータージャケットを通って温くなった水をそのまま大気放出する型のエンジンのようでした。見ていると水鉄砲のようで面白いです。
どうしてこのエンジンに興味を持ったかといいますと、かつてこの「トーハツ」というメーカーのオートバイが日本一の販売台数を誇った時代が有ったからです。「トーハツ」とは、当時の正式な社名が東京発動機株式会社だったことが由来です。
我々壮年(タイトルに従えば熟年?)ツーリング仲間内でも、このトーハツオートバイは聞いたことの有る者と無い者とに分かれます。聞いたことの有る者でさえ、かつてレースでワークス体制を持ち「スペシャルパーツ忠男」の代表をライダーに据えていたことは知らない筈です。というか、私もWebで調べて知った次第です。このトーハツが今のホンダやヤマハ、スズキ、カワサキ(当時はカワサキは無くメグロの時代)をさしおいて日本一の販売台数だったのです。
国内で二輪車の黎明期には百を超えるメーカーが有ったと聞いています。例えば今はタイヤ専業のブリヂストン、先述のメグロ、陸王等でしょうか。太平洋戦争を挟んでこうした二輪メーカーが潰れては生まれという時代が有りました。「トーハツ」は同社のH/Pによれば、昭和30年の頃には販売台数が日本一になったと記録が有ります。ピーク時の国内シェアが、同資料によれば35%で、二位のホンダの倍以上でした。
トーハツスポーツLD3
<画像出典>TOHATSU
しかし、昭和39年に倒産し会社更生法の適用を受けています。その後、船外機や消防用ポンプに特化したエンジン作りにシフト、今日に至り、先のツーリングで私達の目に留まったという状況です。当時のメーカー間の関係や経済状況は詳しくは分かりません。しかし、グローバル化でM&Aが当たり前になった現在から振り返ってみると、よくホンダやヤマハ等に吸収合併されなかったものだなあと、ツーリング仲間と話題にしました。
もしかしたら、ホンダは、当時はまだ弱小で財力的に買収できるほどの規模ではなかったのか、あるいは負けず嫌いなホンダの創業者が、買収・技術供与を嫌ったか。私たちオートバイ乗りであれば後者を選びたいところでしょうか。その後の快進撃を知ってしまっているから。